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俺とあいつ


 考えてみれば、それは当然のことだった。
 人と違う俺。
 人と違うあいつ。
 そんな俺とあいつが同じクラスになっちまったんだから。
 小学5年の初夏。
 あの時から俺とあいつはダチになったんだ。



 考えてみれば、それは当然のことだった。
 教卓の前でくじを作る委員長。ざわついた教室。そう今は席替えの時間だ。
 この時、俺はずっと機嫌が悪かった。
 七月も間近となった今、この涼しかった廊下側の後ろの席を離れさせられるからだ。
 いいだしたのは廊下側の一番後ろの奴。つまり俺の後ろの奴だ。
 そう、「あいつ」の隣の席だった奴。
 考えてみれば、それは当然のことだった。
 違うと思っていた俺よりさらに違う。
 死を受け入れ、それを感じた直後に当たり前のように動ける人間。
 並の人間にこんな奴の相手が務まるわけがない。ただ近くにいるだけで不安になってしまう。
 それは分かっているつもりだった。けれど、俺は気に食わなかった。
 何より気に食わなかったのは、いつもとおりのあいつの顔。
 俺がプリンを食ったときと同じ顔。
 なんとも思っていないその顔。
 もう、このクラスになって七度目の席替え。
 その全ての理由を知っていて、いつもと変わらないその表情。
 俺にはそれが本当に気に食わなかった。
 うちのクラスは42人だった。それで、二つ1組で四列が縦に並べられている。
 当然、「二つだけ」机が後ろにおいやられ、それは廊下側の列につけられる。
 おれは、あいつの澄ました顔が気に食わなかった。
 だから、委員長からチョークを奪ってくじも引かずに書いたんだ。
 その、浮いた二つの席に、「乾」「有間」って。
 そうしてそいつの方を見たら、驚いた顔をしてやがった。
 俺の勝ちだ。
 そう思った。
 けれど、失敗が一つあった……。
 俺は七月も近いこの季節に、窓際を進んでとっていたのだ。
 あいつのほうを窓側にすれば良かったと、後で後悔した。



 俺は、当たり前のように教科書を忘れていた。
 社会やなんかなら全く問題ないんだが、よりにもよって算数を忘れちまったらしい。
 問題がわからなきゃやりようもない。
 いつあてられるかもわからないし、正直まいった。
 別に勉強したいとかいうわけじゃないが、ヘタにセンコーに眼をつかられたくはなかった。
 横であいつがちらりと俺と俺の机を見た。
 あいつは教科書を見せようとはしなかった。
 当然、俺から頼むはずもない。
 となると、当然俺は授業中ずっとノートのラクガキに専念することになる。
 そして、それは最後まで邪魔される事はなかった。
 あいつが全ての問題で手をあげたからだ。
 センコーが誰かに答えさせようとするたびに、普段絶対に目立とうとしないあいつが手をあげた。間違えることもあった。クラスからの失笑もあった。
 それでも、あいつは結局授業中ずっと手を上げ続けた。
 俺は授業中に書き上げた傑作を休み時間の内にあいつの机にいれておいた。


 給食の時間。俺は真っ先に列に並んだ。
 パンやから揚げなど、数えられるものはいいが、スープやご飯などは先か後かで明らかに量に差が出る。
 とくにうちのクラスは他のクラスに比べ一人多い。
 ひどいときには最初と最後で倍近い差がでることもある。
 それでなくとも冷えてたり、端の不味い部分が混ざったりするのだ。
 だから、俺は迷わず最初に並んだ。
 当然そう思う奴は少なくなくて、結局皆ずらずらと並ぶことになる。
 そんな中で、あいつだけはいつも最後に並んでいた。
 誰も並ぶ奴がいなくなって、酷い時は当番が姿を消したその後で、自分でよそったりもしていた。
 前の日もあいつは最後の最後まで並ばなかった。
 いつも1テンポ遅れている。いただきますも当然遅れる。
 おかげで、大好きな鳥のから揚げが冷めてしまった。
 今日はカレーだった。
 カレーで最後は本当に悲惨だ。人参ばかりが残って、もはやルーと呼べるものではなくなる。それに、冷めると美味くない。
 俺はカレーも当然好きだった。
 俺は二つの盆をとって、二つ同時に準備した。
 当番の人間は誰かにそれを頼む。が、おれは別に誰かに頼まれたわけじゃない。
 俺はいつものように座っていたあいつの机にそのうちの一つを置いた。
 あいつは何も言わずにただ座っていた。
 あいつが、好きらしかったヤクルトは俺が二つとも持っていた。
 あいつがヤクルトに視線を向けたので、
「用意してやった賃金だ」
 と言ってやったら、次の日からあいつも列に並ぶようになった。



 昼休み。俺はいつも一人だった。
 俺はあいつらガキどもとは違うと思っていた。だから、一緒に遊ばなかった。
 一人ラクガキしてみたり、ボーっとしてみたり、家から持ってきた何かをいじくるかして時間をつぶしていた。
 あいつもいつも一人だった。教科書を開いていたり、ボーっとしていたり。
 ただ、俺がプリンを食って、その後大ゲンカした次の日からは、何がしかであいつと勝負するのが暗黙のルールになっていた。
 腕相撲、指相撲、しりとり、定規戦争……。
 何で勝負するかは、交互に決め合った。
 気がつけば、昼休み前の休み時間も何で勝負するか考えている自分がいた。
 不思議な事に、それから昼休みはいつも笑顔だったように思う。



 体育の時間、チーム分けしてサッカーをやることになった。
 1チーム5〜6人の8チームに分かれ、グラウンドを4つに分けてプレイした。
 センコーはやらせるだけやらせて校庭からいなくなっていた。
 そんなわけで、俺はオーバーヘッドキックやらなんやら。チームワークなんぞクソくらえで好き勝手に遊んでいた。
 ひとしきり暴れると疲れたので、コートから出てグラウンド脇に座りこむ。
 すると、反対側……。俺がやっていたコートとは対角にあるそのコートでの動きが完全に止まっていた。
 変だと思って近づいてみると、誰かが倒れていた。
 ……あいつだった。
 まわりは誰も何もしない。ただ、見ているだけ。
 俺は駆け出していた。
 まわりで見ている奴を突き飛ばしあいつに近寄る。顔が青く、呼吸が荒かった。
 それこそ、今にも死んでしまいそうだった。
 どういうことかはわからない。けれど、こういうことは何度もあった。
 その時誰かが呼びに行ったのか、それともたまたまだったのかセンコーが戻ってきた。
 俺は大声を張り上げて、早く来るようにセンコーに言う。
 あいつはセンコーに担がれて、保健室に運ばれていった。
 その後は殴った。
 なんだかわからないけどむかついて、周りにいる奴を皆殴った。
 そのコートにいる奴を、皆殴った。
 前に業間休みの時に倒れていたときと同じだった。
 俺だって、知らない奴が倒れてたら必ず手を貸すとは限らない。
 けれど、死にそうなあいつをほうっておいたこいつらが、俺にはどうしても許せなかった。

 俺は、センコーに後でゲンコツをもらった。
 女子まで殴ってどうする。
 そう言われた。
 俺も10人を相手にしたから、流石にボコボコだった。
 けど、後悔はしてない。
 センコーが俺にゲンコツをしたあと、俺はセンコーを殴った。
「どうしてあの時あそこにいなかったのか」
 そういって殴った。
「悪かったな……」
 そう言って、センコーは俺に謝った。殴られた事について何も言わず、ただ謝った。
 その時だった。俺が教師に遠野のことを聞いたのは。
 俺はあいつと仲がいいから。
 そう言って教師は全てを話してくれた。



 その日夕日の中で殴りあって、あいつは言った。
「君はいつもやりたい放題だな」
「おうよ」
 俺はそう言った。
 そうして、俺は一生こいつのダチでいようと決めたんだ。



 その後も、何度もあいつは倒れた。
 教室では隣の席だったし、なんとなくむかついて体育の時もあいつの横にいたから、あいつが倒れたときはいつも一番に駆けつけた。
 しばらくすると、あいつがどういう感じの時に倒れるかもわかるようになっていた。





 七月に入って、体育の授業がプールになった。
 俺は泳ぐのは好きだったから、亥の一番に着替えてプールに入った。
 けれど、あいつは見学だった。

 次の日も、次の日もあいつは見学だった。
 一学期最後のプールの日、俺はあいつにどうしてプールに入らないか聞いた。
 あいつは、胸に傷がある。他の人には見せたくないといった。
 けれど、俺はあいつとプールで遊びたかった。泳ぎたかった。
 それで、無理矢理あいつをプールにつれこんだ。
 確かに、あいつの胸には傷があった。
 俺は、べつになんとも思わなかった。
 傷なんて、ケガをすれば出来るものだ。
 俺が昔、倒壊事故に巻きこまれた時。
 目の前に大木が落ちてきたあの時。
 もし、手でも挟んでいれば俺は片腕がなかったかもしれない。
 だから、傷なんて全然気にならなかった。
 むしろ、男のキズは勲章といっていいと思っている。
 けれど、周りは違うようだった。
 あいつを遠巻きに見ていた。
 腫れ物を見るかのように。
 あいつは、凄く居心地が悪そうだった。
 これじゃあ、折角のプールがつまらなかった。
 それに、俺がムリに誘ったのにあいつがイヤな目にあうのはいやだった。
 だから、俺は一度プールを抜け出して教室に戻った。
 濡れた身体から落ちる雫も気にせずに俺は教室で赤い油性の太いマジックを手にとった。
 そうして腹に顔を描いた。
 ぶさいくな、顔とすら言えないような顔を描いた。
 そうして俺はプールに戻った。
 クラスの連中の視線は俺の腹に釘付けになった。
 連中は笑った。
 一人残らず大笑いした。
 あいつの傷を見るものはいなくなった。
 そうしてあいつも笑った。
 その笑顔は周りの連中の腹の絵を笑うものとは違った。
 その笑顔は、きっと俺の顔に浮かんでいるものと同じ種類のものだと思った。



 俺はその日はじめてあいつを家に呼んだ。
 一子は、赤く汚れたタオルを見て俺にゲンコツをくれた。
 そして、俺は庭に追い出された。
 庭から中の様子を見ると、一子は楽しそうにあいつと話していた。
 俺は、外に出されたこともさして気にならず、その様子を見ていた。
 ガラリと、庭の前のガラスのドアが開いた。
 一子は、何も言わず二人分のプリンを出した。
 俺とあいつは二人で並んでテーブルに座った。
 俺はあいつのプリンを取った。
 あいつは、俺の前にあるプリンを取った。
 少し前、俺がプリンをとっても何も言わなかった奴はそこにはいなかった。
 俺達は二人でプリンを食べた。
 そこにいたのは、きっと年相応のガキだったと思う。
 無条件で笑える、理由もなく笑える、ただの二人のガキだったと思う。



 考えてみれば、それは当然のことだった。
 俺は何も言わずにあいつのどんぶりからチューシューをとる。
 あいつは無言で卵を二つかっさらう。
 そこには俺がいて、あいつがいる。

 俺は、一生こいつのダチでいよう。



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