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Less ultimight



第3章 無力な超越者
 うーん。朝、か……。今日は皐月が起こしにこないな。  ふっと枕もとの時計を見る。  ……。 「何だとおおおお!?」  じゅっ、十時だとお!?  完全に遅刻じゃねえか! 皐月は一体何を? 『皐月、眠れ』  昨日のあれか!!  てっきり忘れてた! って呑気に構えてる場合じゃないぞ。  ―すぐ制服に! 皐月を起こしてこの部屋へ!―  一瞬で俺は制服になり目の前には皐月が現れる。 「あ、おはようございます。信也様。昨日は良くおやすみに……」 「そんなことはいい! とりあえず俺は学校行くから! んじゃそういうことで」 「はぁ……。それではいってらっしゃいませ」 「ああ、じゃあ」  俺は鞄を持って。  ―学校の三階の男子トイレに―  ふっと目の前が暗くなったかと思うと俺はもう学校のトイレにいた。  はぁ、便利だな。本当……。  こりゃ使わないようにするのは大変だわ。  今は授業中のせいか幸いトイレには誰もいなかった。まずい、早く教室に行こう。  俺はすぐ横の教室に歩いて行く。やばいな、また文句言われるんだろうな。  なんて思いながら、  ガラッ  と教室の扉を開ける。 「おや、遅刻ですか?」  !?  この声は!?  俺は教壇を見る、するとそこには。 「おはよう坂口君。早く席についてください」 「あんたは……」  何故、彼女が。  そこにたっていたのはまぎれもなく昨日葵と話していた女だ。 「どうした、坂口。とっとと席につけ」  普段英語を教えてる教師が教壇に置かれた椅子に座ってこっちにいう。  確かにいつまでも立ってるわけにはいかない。俺はとりあえず席についた。  葵は、いない。  それでも鞄があるようだから恐らく登校はしてるはずだ。  保健室にでも行ったか。  授業は普通に進む。しかし俺が着た時間が遅いこともあってすぐに終わった。  キーンコーンカーンコーン 「きりーつ、きをつけ、礼!」 「ありがとうございましたー」  どやどやどや。  多くの生徒が彼女に群がって行く。 まあ、あんなきれいな若い先生がくれば人が群がるの も当然だろう。  俺はポツンと席に残っているこのはに声をかけた。 「あの先生は?」 「英語のオーラルコミュニケーションの補助らしいです。しばらくいるそうですが」  言うこのはの声は暗い。葵がどうかしたのだろうか? 「葵は?」 「リネア先生を見た途端見たこともないような怖い顔をして保健室に行きます、っていって」 「そうか、悪い。俺も行ってくる。次の授業に間に合わなかったらそういっといてくれ」  言って俺は走り出す。  保健室へ向かう途中葵とばったり会った。 「あ、信也。全く、遅いぞ! 昨日あんなことがあったあとに遅刻するなんて無神経過ぎ! 僕凄 い心配したんだからね!」  葵は、無理して明るく振舞ってるように見えた。 「葵、あいつがいたな……」  途端、葵の顔が真面目になる。 「……うん。ビックリだよ。ここまで手のこんだことするなんて。余程信也が欲しいらしい」 「俺が欲しい?」 「あ……」  しまった、という信也の表情。 「そこからは私が説明しましょう」  後ろから声が聞こえる。 「あんたは!?」  葵の顔が険しくなる。 「リネア・ラァ・ワルガード、デス。リネアと読んでいただいて結構です」 「それじゃあリネア先生。説明していただけますかね?」 「他の人に聞かれるのは困りますね。後、私の日本語も完璧ではないですし。あなたが私の英語を 理解できるうように念じてもらえるのがありがたいです。その逆もね」 「いいだろう」  ―リネアの英語を俺にわかるように、俺の日本語が彼女に通じるように― 「僕も英語を話すから僕の言葉も」  葵がそういう。 「わかった」  ―葵の英語も日本語に聞こえるように― 「はあ、やっぱりいいわ。こっちのほうが。断然話しやすい」 「さてと、とっとと説明しちゃくれないか?」 「ゴメンナサイ。それはちょっと無理」 「何!? あんたさっき自分で」 「だってもう休み時間がないもの。今日の放課後、屋上で待っててもらえる?」 「いいだろう」  行って俺は教室に歩き出す。 「葵様はこなくてもかまいませんよ」 「いや、僕もいかせてもらおう。君が信也を危険な目にあわせないようにな」 「あら、私はそんなことしませんわ」 「よくいう、死神が」 「それは葵様も同じではありませんか? 殺神鬼の死餓夜葵様?」 「貴様!」  葵がリネアを睨む。  キーンコーンカーンコーン 「まあ、全ては放課後に……。それでは失礼します」  リネアは歩いて行く。 「葵、大丈夫か?」 「ああ、問題ないさ」  口調にすでに問題があると思ったが、俺は黙って自分の教室に急いだ。 「行こうか、信也」  今日最後の授業が終わると同時に葵が俺に言った。 「行くって、おい、ホームルームはどうする」 「そんなもの気にしなきゃいいでしょ。早く行こう」  言って葵は俺の腕を引っ張る。参ったな……。 「わかった、わかったから引っ張るな!」  俺が抵抗したので葵は腕を離す。 「信也、僕がいるから大丈夫だとは思うけどくれぐれも注意してね。奴らの目的から考えても手荒 なことはしないと思うけど仮にも彼女は死神の字を持つものだから」  俺はその目的や字のことがきにはなったけどそれは全てリネア先生に会えばわかることだと思い 屋上へ向かった。 「あら、早かったわね。ホームルームさぼってきたでしょ。ダメじゃない」  言って先生はクスリと微笑む。しかしその微笑がどうしても俺には麻美の人形のそれとかぶって 見えた。そう、意志の無い、人形の微笑みに。 「早く行こうってうるさい奴がいましてね。それじゃあ話してもらえますかね?」 「単刀直入に言うとね、あなたに私達の組織にはいって欲しいの」 「組織?」  いきなり組織なんて言われても全くピンとこない。 「そう、地球をこの世の悪の手から守る組織よ」 「この世の悪ってのは?」  そう俺が尋ねると先生はクスリと笑い、 「人間よ」  当たり前のことのようにそう言った。 「人間?」 「そう、人間。簡単に言うと私達は人間の数を減らすための組織」 「人間の数を減らすって、実際にどうするんだ?」  正直、もう当たりはついているのだがあえて聞いてみる。 「まあ、色々と方法はあるけど一番多いのは殺してしまうことかしら」  やっぱりな。 「それで俺にこの力を使って人を殺せ、そういうことかい?」 「あなたの能力は本当に凄い。あなたにやって欲しいのはそれだけじゃないけれど基本的にはその とおりね」 「そうか、それじゃあ俺がもしあんたらのいうことを聞けば一体何の見かえりがあるんだ? 言っ とくが俺にできないことなんて殆ど無いぜ?」 「君の殺した恋人をいきかえらせてやる、というのではどうかな?」<英語  !!?  いつからそこにいたのか屋上の入り口に背の高い金髪の男が立っていた。 「やっぱり、そうくるか……」  葵の悔しそうな声が聞こえる。 「おい、一体なんていってるんだ?」 「信也君、私と同じようにこの人の英語も理解できるように念じなさい」  先生がいう。そうか、今のは英語か。なら―――  ―目の前の男とはなしが通じるように―  俺はそう念じる。 「もう1回さっきの台詞をいってくれるか?」  俺は男に言う。 「君の殺した恋人を生き返らせてやる、というのではどうかな? といったのだよ」  !!!!  今度ははっきりと男の声が聞こえた、いや、そんなことより…… 「今のは、本当か……?」  男は無表情のまま、 「ああ」  とだけ言う。  そんな。  ドクンドクンドクン  この鼓動は喜びか、緊張か、恐怖なのか。 「一体、一体どうやって!?」 「紹介が遅れたわね、そこにいるのは私の兄で名前は」 「ガロード・クリフ・ワルガードだ」 「めずらしいわね、兄さんが自分から名乗るなんて」 「彼が本当に組織に入ってくれたら我らの願いは完遂される。少しは多弁にもなるさ」  言って男はフッとかすかに口の端をつりあげた。 「あんたの自己紹介なんてどうでもいい!! 今のは本当かって聞いてるんだ!」  俺はありったけの声で叫ぶ。  ドクンドクンドクン  鼓動はおさまらないどころか早まる一方。  ポタッ  見れば手から出た汗が溢れて地面に薄い染みを作っていた。 「まあそんなに焦らないで。兄さんの自己紹介で全て理由はわかるわ」  どういう、ことだ。 「繰り返そう。私の名はガロード・クリフ・ワルガード。字をホーリーエルフ。能力は……、君と 全く逆。生き物を生き帰らせるだけの能力さ」  な、に……。 「ほ、本当なのか?生き返った奴はいきをするだけの人形とかじゃないんだろうな?」 「ああ、生前と全く変わらないはずだ」  そんな……、そんな。 「一体どうした!?あんな大声あげて!」  屋上にガタイのいい中年の体育教師が入ってくる。  すっ、と音も無くガロードは扉の影に隠れる。 「藤田先生、お疲れさまです。少し坂口君と話しがありまして」 「何ですって?おい、坂口。お前何をしでかした?」  いって藤田は俺に近づくがはっきりいって全く気にならない、というかそんなことを気にする余 裕は無い。  本当に、本当なのか? もしそうだとしたら俺は、俺はどうする? 「おい坂口! きいとるのか?」  横で藤田が何か言っている。 「信也君、兆度いい機会だから私と兄さんの力を見せてあげる。これであなたも信じてくれるはず よ」  そう言ってリネア先生は眼鏡をはずす。 「え、なんですか? リネア先生」  先生は英語でいったのだろう。藤田は意味がわかってない。 「いえ、なんでもないです。ただ―――」  いいながら先生は近づいて行く。 「駄目だ! にげろぉ!!」  葵が叫ぶ。  そして…。 「ただ死んでいただくだけですから」  いいながら両手を  ブンッ  と大きく上から下に振り下げるリネア。  バタッ  1テンポ遅れて、藤田が人形のように地面に倒れた。 「なっ……」 「クソ!! 予想できた事態ではあったのに」  葵が悔しそうに言う。 「さあ、先生の心臓に手を当てて御覧なさい。死んでいるのがわかるから」 「お、おい! 先生!大丈夫かよ!?」  ダメだと頭ではわかっていた。それでもほんの少し目の前で人が倒れるという光景が、俺が麻美 を殺したときとかぶって気分が悪くて……。  なんとか藤田を助けようと思った。  けれど 「本当に、死んでる」  手をかけた途端わかった。冷たいのだ。藤田の体が怖いほどに…。何故だかはわからない。さっ き藤田は倒れたばかりだ。例えリネア先生が手を振り下ろした時にしんでいたとしてもここまで急 速に体が冷たくなるのはおかしすぎる。 「あんた! 一体何をした!?」 「それが彼女の能力さ。人に見えない何かで人を切ることによってその人間を殺してしまえる。そ のあまりにあざやかな手口からついた字が、死神」  俺の疑問には後ろから葵が答えてくれた。  クスリ、と先生が微笑む。  ゾクリ……  瞬間、俺は何もかも忘れてこの場から逃げ出したくなった。  今までの彼女の笑顔とは質、そのものが違った。  それは人形の笑顔とは違う。見るもの全てを凍らせるような、瞳の奥に深い、激しい憎しみをた たえた笑顔。 「あなたにはかないませんわ。神すらも殺す鬼……。殺神鬼。日本語を習って殺人鬼、という言葉 とかけられていると知ったときは名前をつけた人に感動すら覚える程の字を持つあなたには」  神すら殺す鬼、殺神鬼。 「うるさい! あれは昔の話だ!」 「昔の話、ですませるのですか? 何万人もの命を奪ったくせに」 「うるさい! うるさいうるさい!!!」  そうか……。薄々わかってはいたけれどやっぱり葵は。 「それでは今度は私の力を見てもらおう」  いってガロードはポケットから小さなハムスターをとりだし……  グシャ  そのハムスターを握りつぶす。  !? 「何すんだよ!? 藤田を生きかえらせるんじゃねえのか!?」 「悪いが私は人間だけはいきかえらせられなくてね」  何だって? 「それじゃあ麻美を生き返らせられないじゃねえか!! それにそれなら何で藤田を殺しやがった!?」 「いったでしょう。私達の力を見せるって。それは言葉の通り。私の力を見せるためにしたことよ」  コイツ……! 「てめえ! 人の命をなんだと思ってやがる!!」 「ゴミね」  即答し死神はクスリと笑った。俺はあまりにもその笑顔が怖くてそれきり何も言えなくなった……。 「安心したまえ信也君」  ガロードがいう。一体何を安心しろっていうんだ……。 「麻美君は人間ではないから生きかえらせることができる」  !? 「何だって!?」 「麻美君もまた我々と同じ能力者だったのだよ」  な、何を言ってるんだ? 麻美は普通の。 「そこにおられる死餓夜様、葵様をご覧になればわかる。―――ほら、幼馴染が人間でないといわ れてるのに驚かれない。それはあの方も麻美君が人間でないと知っておられるからだ。もっとも麻 美君の能力を最初に見つけられたのがほかならぬ葵様なのだがね」  後半は何をいってるか良くわからなかった。俺が葵の方を向くとそこには下を向き、下唇を噛み、 手を握り締める葵がいた……。  本当、なのか。 「だが落ち込むことは無いぞ、信也君。今回はそれが幸いした。彼女が能力者であるおかげで私も 彼女を生きかえらせることができる。安心したまえ、人間は生き返らせられないとわかっているが 私はもうなんども死んだ能力を持つ仲間をよみがえらせている。もっとも、残念なことに寿命で死 んだ者は生きかえらせられないが」 「クスクス。兄さんがこんなに喋るなんて。よっぽど嬉しいのね」  死神が何かつぶやいている。 「さあみたまえ!」  ガロードは右手を突き出す。そこには目を背けたくなるような姿のハムスターがいた。 「はっ!」  ガロードが気合の声を発したと思ったその時。  ―チュウチュウチュウ―  ハムスターは当然のように動き出した。 「……」 「どうだい、信也君。私達の仲間にはなってくれないかね? できる限りのことはする」  ―あのハムスターの意志を―  念じるとただ空腹、とだけ帰ってくる。しかしそれは意志がある証拠だ。人形からは何も帰って はこない。 「このハムスターはここにいるが手元にそれがなくても可能なのか?」  驚くほど冷静な自分がいた。 「ああ、可能だ。全く面識がないものは肉体の一部が無いと蘇生できないが私は麻美君と面識があ る」 「何故?」 「彼女も私達の組織の一員だったからだよ。そこにおられる葵様もね」  ……。  もうこの先一生、何があっても驚かないと思った。 「信也、ごめん! 本当にごめん! 許してとはいわないけ…」  葵の言葉を右手を出してさえぎる。 「そうか、説明ご苦労さん。それじゃあ、あんたのその能力いただこう!」 「え……」 「なんですって!?」  葵と死神の声が重なる。  ―目の前のガロードのものを生きかえらせる能力を俺に移せ!―  そう念じる。  良し! 全て計算通り。正直実際そんな力を持ったかどうか実感はないがそんなのは後で試して みればいい。 「それじゃあ悪いが俺は帰る。葵、先生、また明日な」  ともかく今は一刻も早く麻美を生きかえらせたかった。 「ま、待ちなさい!」  死神がこっちに向か……、おうとして止められた。 「いい、リネア」 「でも、兄さんこのままじゃ!」 「これも予想していたことの1つだ。だが問題ない。恐らく彼に私の力は使えないさ」 「どういうことだ?」  俺は少し気になって尋ねた。 「能力を二つも同時に持つという話しは聞いたことが無いし、第一私の力はかなり特殊でね。加え てこの力は直接神からいただいたものだ。そう簡単には移らんよ」  神? そんなものいるわけないだろう。 「まあいいさ。実際に試してみればわかる。それじゃあ失礼。葵、俺気にしてないから、あんま気 にすんなよ」  それは本当の気持ちだった。事実俺もこの力を持ったことを葵に隠していたのだから。 「信也……」  葵は瞳に涙を浮かべている。一緒にいてあげたいきもしたが今は一刻も早く部屋に戻りたかった。 「まあ、信じる信じないは君の自由だ。だがもしうまくいかなかったら、明日の放課後もここにく るがいい」  ―俺の部屋へ―  俺はガロードの言葉を無視してそう念じた。  気がつけばそこは俺の部屋だった。俺は写真立てを起し、麻美をイメージする。  ―麻美よ、生きかえれ―  そう念じる。しかし……。 「何で、何で何も起こらない!」  何故だ、何故。 『能力を二つも同時に持つという話しは聞いたことが無い』  そうか! それじゃあ俺には無理だ。 「信也様、お帰りですか?」  皐月が部屋にはいってくる。 「信也様、一体?」  ―皐月にガロードのものを生きかえらせる力を― 「それはいいから、この写真を見てこいつが生きかえれって念じてくれ」 「はぁ……。んっ…!」  ……。 「念じてみましたが……」  そんなバカな! 一体どうして!? まさか本当に神から授かった力だとでもいうのか!?  考えろ、考えるんだ。 「信也様……?」 「ちょっと黙っててくれ! すまない!」  …。  ……。  ………。  そうか!!  あの時俺はガロードの力を俺に移せと念じたはず! もしかしたら俺がつかえないだけですでに 俺の中にものをいきかえらせる力自体はあるのかもしれない! なら!  ―皐月に俺のなかにあるものをいきかえらせることが出切る力を― 「皐月! もう1回だ!」 「はい?」 「もう1回この首に念じるんだ! 生き返れって!」 「はい……。んっ…!」  ………。 「念じましたが……」 「そんな、ばかな」  一体どうして。  ピンポーン  途方にくれたとき玄関のベルが鳴った。 「はーい! すいません、信也様。ちょっと……」 「―――ああ、行ってくれ」  パタパタと皐月がかけていく。  一体後何があるというのだろう。やっぱり無理なのだろうか。  やはり……。 「信也」 「葵か」  葵が部屋に入ってくる。 「信也……」  葵が驚愕する。 「ああ……、やっぱり駄目だった」 「―――そう」  沈黙を部屋が支配する。 「失礼します」  皐月がお茶を持ってきた。正直ノドはからからに乾いていたが正直のむきにはならない。 「すいません、信也様。私信也様の寂しさをまぎらわすためにここにいるのに……」  その時、俺の頭の中を何かが走った。  そうか―――意志のない皐月に、どうして念じることができるだろう。 「よし、よくやった! 皐月!」 「信也?」 「信也様?」  話しはあとだ、いまはともかく……  ―金子をこの部屋に―  金子はクラスメートの男子だ。  目の前に金子があらわれる。何かをいうまえに  ―この状況を疑問に思わない。俺のいうことを聞く。ガロード、もしくは俺に移された生きかえ らせる能力を移す―  よし、後は。  ―麻美が生き返れと念じろ!―  これで、これでようやく……。 「……」  ――――しかし 「……」  しかし何も起こらない。 「何故だ」 「信也……」 「なんでだよおおおおおおおおおおおお!!!」  本当に神がいるとでもいうのだろうか? 『私の力はかなり特殊でね。第一この力は直接神からいただいたものだ』  ガロードの言葉が思い起こされる。 「信也」 「悪い、1人にしてくれ」  そうどうしてかしゃがれた声で言うと、  パタッ  という音がした。  そして俺は多分、麻美を殺してしまった日と同じぐらい、泣いた。  ―痛い―  ―痛いよ―  真っ暗な闇の中で女の子が1人泣いている。  ―痛い、痛いよぉ―  その子があんまり痛そうで、本当に辛そうに泣くから、  ―一体どうしたの? 何がそんなに痛いの?―  俺は話しかけてみた。  ―お兄ちゃん、誰?―  ―俺? ああ、お兄ちゃんはね、坂口信也、っていうんだ。ねえ、一体どうしたの?―  ―あのね、痛いの。私のことをいじめるの。その子達は私の体をいじめるの―  ―そうか、そりゃあひどい奴だな―  ―うん酷い奴―  ―そうか、そいつはどこにいるんだい?―  ―私の体の中……―  ―それじゃあ病気か何かかい?―  ―良く、わからない―  ―そっか、わかんないか―  ―うん―――イタッ! お兄ちゃん、痛いよー―  ―大丈夫かい? ああ、どうしよう―  ―お兄ちゃん、私のこと助けてくれる?―  ―うん……、お兄ちゃんに君を助けてあげられる力があれば助けてあげたいんだけど―  ―それじゃあ、もしお兄ちゃんに私を助けてくれる力があったら助けてくれる?―  ―ああ、もちろんさ。お兄ちゃんが君をいじめる酷い奴をやっつけてあげる―  ―本当……?―  ―本当さ!―  ―本当!? それじゃあ力をあげる! だからこの力で私を助けてね―  ふと目が冷めた。  久しぶりにあの夢をみた気がする。  まだ朝の六時。昨日は金子を普通に戻してもとの場所に戻した後あのまま眠ってしまったらしい。  ガチャ  俺は部屋からでてリビングに向かう。 「あ、信也様。おはようございます」 「おはよう。すぐに学校に行くから食事はいい」  正直昨日の夕食も食べていないのに食欲は全くなかった。 「そう、ですか」  寂しそうな皐月。  昨日より少しは心に余裕ができたのか俺は皐月に悪い気がして。 「それじゃあコーヒーだけ入れてくれるか? 新聞読むから」 「はい! お待ち下さい」  いって皐月は台所に向かう。  俺は椅子に座り新聞を手に取る。あまり読む気はなかったが皐月に悪い、少しはここにいよう。 「はい、どうぞ信也様」 「ああ、ありがとう」  俺はコーヒーを飲みながらページをめくる。  A学校の屋上で謎の変死をとげた藤田教諭。  そんなことが三面記事にかかれていた。  最初から教室に行くつもりはなかった。俺はまっすぐ屋上にいく。  しばらくして、何もいわずに葵が俺の横に座った。  そして、ただ待った。  キーンコーンカーンコーン  一体何回こうしてこのチャイムを聞いただろう。後1回チャイムを聞けばガロードは現れるはず だ。 「信也」  今までずっと続いた沈黙を葵が破った。 「……」  俺は目だけをそっちにむける。 「ごめんね」  いって葵はまた涙ぐむ。  俺はただそっと葵の頭に手を置いた。 「待たせてしまったみたいだね」  先生と一緒にガロードがやってくる。 「ああ」 「私から力はなくなっていなかったよ。ここにきたことをみるとやはり失敗したようだね」 「ああ」 「それでは昨日の返事を聞かせてもらえるかな?」 「ああ、あんたたちの仲間になる」 「信也!?」 「信也君!」  葵と先生のこえが重なる。 「そうか! 分かってくれて嬉しいよ」 「それじゃあ麻美を生き返らせてくれ」 「悪いがそれはできない」 「何故だ? 約束が違うじゃないか」 「麻美君を戻し、あとはさよなら、ってのは困るのでね。先に仕事をしてもらう」 「どうすればいい?」 「手始めに我々の組織以外の人間をすべて殺してくれたまえ。何なら君の知ってる人間は生き残し てもかまわない」 「な、何をふざけたことを!!」 「ふざけてないさ。いいかい、信也君。本当は1種類の哺乳類などその程度の数でいいのだよ」 「何をいきなり」 「今地球は泣いている。人が彼女の体を傷つけるからだ」  あれ、どこかで聞いたような話……。 「私は彼女、神、地球にあった! そしてこの力を手にいれた!」  彼女? 「人間はあきらかに常軌を逸している。おかしいのは、ふざけているのは人間のほうなのだよ。そ れでは聞くが、君は一体今まで何人の人間を殺したのだね? 君とて多くの人をすでに殺している はずだ」  どこかで―――― 「千か、2千か?それとももう一万は殺したか?」 「1人だ」  俺は静かにそう告げる。 「何だって?」  ガロードが呆けた声を出す。 「1人、といった。それに麻美をあんたらが人間じゃないって言うなら人間は一人も殺してないこ とになるな」 「そんなバカな。―――そうか!! 君はその能力を使って死よりも辛い体験をさせていたのだろ う。そこまで人間が憎いのかね?」  何を言ってるんだ、こいつは。 「やめろホーリーエルフ。信也は僕達とは違う。彼には人間への憎しみなんてないんだよ……」 「そんな―――バカな」  何がそんなに意外だったのかガロードは呆然と虚空を見つめる。 「信也」 「ん?」 「さっき死神がいったことは本当だ。僕は中学1年の頃にこの力に目覚め親を初めとして何万人も の人を殺した。そこにいる死神は今も人を殺しつづけている。麻美は高校1年の時に力に目覚めた。 そして君に殺される前日、彼女も初めて人を殺した……」  もうどんな話しをされても驚かないし嘘だとも思わない。俺はただ静かに聞く。 「それはね、この能力を持つものが必ず人間をすさまじく憎むような過去を持ってるから。  というよりも、人間への激しい憎悪が能力を目覚めさせることが多い。当然、そういった血筋や 才能も関係あるけどね。さっきホーリーエルフがいったことは彼らの―――尤も、高1までは僕も 入っていたんだけど、組織の経典みたいなものさ。本来生物は自分の種ばかり増え出すと自らの種 で規制をかけるんだ。食物連鎖の関係上これは壊れなかった。けれど、人間がそれを壊したんだ。 人間は増えつづけた。その理由の1つとして人間には天敵がいなかった。智恵と武器でどんな動物 にも勝ることができたから。だから地球は人間の天敵を生み出した、というのが組織の考え方さ。 なにしろ今のこの世界的な組織ができたのは1800年代だけれど各国の小さな組織はそれこそ遡 ればどれだけ昔からあったからわからない。だから伝説としか思われてない類のバケモノも実在し てるのさ。僕のような鬼や、死神、サキュバス、ヴァンパイアのようなね。前からおかしいとは思 わなかったかい? 何故僕より年上なかれらが僕に敬語を使うか。そして死餓夜とはなんなのか」  確かに……。 「死餓夜っていうのは昔も昔、弥生時代から存在する鬼の血の末裔のこと。日本の中ではダントツ で良家なのさ、人を殺すという面からみればね。それは世界的な組織になっても変わらなかった。 死餓夜の鬼の殺人能力は現在でも高くかわれたのさ。それでもそこにいる死神なんかも組織ではか なり優秀なほうだよ。なんにせよ証拠が全く残らずに人を殺せるからね」 「人をどれだけ世間にみつからずにどれだけ殺せるかが全てなわけか。なるほど、俺の能力を欲し がるわけだな」  コクン、と葵はうなずく。 「まあ、世界のお偉いさんもかなり組織に入っているからある程度もみけしてはくれるんだけど。 全く汚い世の中だよ。自分の政敵やなんかを殺してくれれば仲間になるってひとが山ほどいるんだ から。今組織の人間は100万弱だと思う。このうち実際の能力を持つものは200人いるかいな いか。後は被害妄想が激しいか破壊願望の強いバカばかりさ。それでも数は必要でね。金も必要な ら死体の処理なんかも必要だし。死神がこの学校にはいれたのもこの国の組織のお偉いさんの力だ ろうし」  100万……。 「けれどある意味で組織や過去の能力者達が世界に貢献していることは間違いないんだ。そうやっ て人間を減らしていなければ恐らくもう既に地球は人に滅ぼされているだろうからね。自分の罪を そう言ってまぬがれようってわけじゃないけど、ね」  いって葵は自重気味に笑う。 「過去、死餓夜なんかとはくらべものにならない良家があった。今もその血筋の人はいるけれど能 力者はまだできていない。どんな能力の一族だと思う?」  俺は首を横に振る。 「前代の能力者が世界規模での組織を呼びかけた張本人なんだけど、なんと戦争を起こす能力さ。 彼がふっと念じれば、そこここで戦争が起きる。仕組みは僕はよくわかってないけどね。全く持っ て組織からすればこれほどありがたい能力はない。死体の処理は必要ないうえ死ぬ人間は1人1人 殺していくような僕達とは数が桁違いだからね。さて、ここからは君たちにも聞いてもらおうか」  いって葵は二人を見る。 「これは僕の勝手な見解だがもし僕達と同じように信也が人間を本当に憎んでいたらどうなってい たと思う?」  俺が人間を憎んでいたら? 「今ごろ地球に人はいないさ。全ての人間よ滅びよ! ってね」 !?  そうかもしれないな。もし本当に俺が人間を憎んでいたなら。 「それはいくらなんでもだ。我らが母たる地球は本当に人間全てをつぶすことをのぞんでいるんだ ろうか? だから普通の、どこにでもいる少年にたくしたのではないか? 全てを変えうる、全て を起こしうる力を。そして何故こんな力がうまれてしまったのか? それは残念ながら人間が地球 と人間以外の生物を破壊してしまう一歩手前になったといわざるを得ないだろう。君たちも知って いるだろう? 過去地球自身に滅ぼされた恐竜という存在を! だから……」  葵がこっちを向く。 「だから信也、君が決めるんだ。どうするか。何をするか。強制されて組織に入ることもない、た だ自分の思うようにその力を使えばいい。人間を滅ぼしたいなら滅ぼせばいい。君が普通に生きた いならそんな力は出切る限り使わないでいけばいい。君は選ばれたんだ! 地球に!」 「――――それは私も同じはず」  ガロードが悔しげにつぶやく。 「死神、ホーリーエルフ。もう帰るんだ。どうやったって彼ほどの力を強制できるものなんていな いはずだ」 「だがそれでは麻美君は」  搾り出すようにガロードがいう。 「あの麻美が自分が生き返るのと引き換えにそんなこと望むわけがあるか!!!」  知らずに俺は叫んでいた。  三人の視線がこっちに集まる。  そうだ、こんなに簡単なことだった。麻美はそんなこと望まない。 「帰ってくれ。俺はあんたらの組織には入らない」 「しかし……」 「俺の意見はかわらない。行ってくれ、俺があんたらを殺す前に……」 「――――」 「兄さん……」 「わかった、今日は帰ろう。だが気が変わったら君の能力でいつでも私を呼び出してくれたまえ。 私は、いつでも待っている」  言ってガロードは階段を降りて行く。 「幸せね」  フッ、と先生が凄く寂しげに笑って眼鏡をかける。 「人間の本当の醜さをしらないんだから」  眼鏡をかけた先生は、いつもの人形の笑みをうかべていた。 「それじゃあ、また」  言って先生も階段を降りて行く。  麻美――――これで、これでよかったんだよな? 「信也」 「あー、昨日からなにも食ってないから腹減っちまった。葵、なにか食いに行こうぜ?」 「え……?」  葵が呆けた声をあげる。 「お前がいったんだろうが、俺の好きにしていいって。だから俺は腹が減ってもここに飯をださね えんだよ。多少めんどくさいが駅前まで買いにくさ。幼馴染を引っ張ってな。普通の男子学生なら そうするだろ?」  葵はまだあっけにとられた顔をしている。 「おい! おいてくぞ?」  言って俺は階段へと歩き出す。 「うん!」  その後にはいつもと変わらずついてきてくれる葵がいる。 「おーっす」 「おはよう、信也。結構ぎりぎりだよ?」  ガラッ  教室に担任が入ってくる。本当にぎりぎりだったようだ。 「おはようございます。今日からここのクラスの副担任をすることになりました。これからもよろ しくお願いします」  ワァッ!  クラスに歓声があがる。その中で  バンッ  クラス中の視線が俺に集まる。 「どういうことだ! 俺はもう答えを出したはずだ!」 「わかってる。別にあなたを引きぬこうと思っているわけじゃないわ。ただあなたに少し興味が沸 いただけ。まあ短い間でしょうけどよろしくね」  他のクラスの連中は何事かという顔をしてる。英語で話していたんだろう。 「失礼しました……。どうもまだ寝ぼけてるみたいです」 「わかってくれればそれでいいの」  そう言ってリネア、先生は人形の笑顔で出席を採り始めた。



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