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〜死期を視て〜


「ご苦労様でした乾さん。これで私のほうも大分動きやすくなりました。実際に結果を出してく
れれば私としても動きやすい」
 放課後宿直室に秋葉ちゃんと晶ちゃんが来て、座るなりそう言った。
「かなりムリをしてもらって、俺がここにいられるわけだしな。働かないわけにはいかないだろ
う?」
「でも、本当に凄かったです。いきなり倒れる支柱を体当たりで方向変えて」
 晶ちゃんがお茶をいれながらそう言う。
「あ、悪いね。俺がやらなきゃいけないだろうに」
「いえいえ、とんでもない。これぐらいはさせてください。クラスメートを守ってくれたんです
し」
 三つの湯のみに日本茶を煎れていく。
「人形師の方、礼園のほうと連絡は?」
「さっき電話したよ。向こうはなんともないってさ」
「そうでしょうね。乾さんがこちらで事件を抑える限り、向こうへは呼応しないでしょうから」
「ところで、日本茶で良かったのかい?」
 秋葉ちゃんは紅茶党だと思ったが。
「ええ。別に日本茶が嫌いというわけではありませんから」
 そういって湯のみを傾ける。
「しかし、呼応ってのも厄介だな」
「ええ。でも乾さんがいてくれて良かったですよ。人形師の方が礼園にいらっしゃるのであれば、
連絡は逐次取れますし」
「いつになったら終わるんでしょうね」
 晶ちゃんが不安そうに呟く。
「後四日、かな。橙子さんが5日あれば全ての結界を壊せるだろうって言ってたし」
「後四日ですか……」
「まあ、なんとでもなるさ。橙子さんなら案外ぱぱっとすませちゃうかもしれないし」
「期待するしかありませんね。全く、自分がこうも何もできないというのはムズ痒いものです」
 秋葉ちゃんが渋い顔をする。
「秋葉ちゃんはやれることをやってくれてるさ。俺が野宿しないで住んでるのだって君のおかげ
だし」
「その点に関しては瀬尾もですよ。1年で副会長になって、この娘も随分引退した私を助けてく
れました」
 ガシャン
 突然晶ちゃんが湯のみを落とす。
 まだ煎れたばかりの湯気の立つお茶がテーブルをつたい晶ちゃんにふりかかる。
「ちょ、ちょっと晶ちゃん大丈夫かい?」
 俺はすぐにタオルをとり晶ちゃんに駆け寄る。
「瀬尾、一体どうしたの? らしくもない」
「うっ……」
 奮えている?
 いや、これは怯えているんだ。
 直感的にそう思う。
 スカートから湯気が立ち上がっている。
 けれど、その状況ですら彼女は零れたお茶のことを気にしようとはしない。
「晶ちゃん! どうした、大丈夫か!?」
 俺が晶ちゃんの肩に触れる。
「い、イヤァアアアアアアアアアア!!」
 いきなり叫び出し、宿直室を飛び出していく。
「晶ちゃん!?」
「瀬尾、一体どうしたの!?」
 しかし声をかけても止まることはない。
「追いかけよう」
「―――そうですね」
 秋葉ちゃんが立ち上がり俺たちも宿直室から出る。
 しかしすでに晶ちゃんの姿はない。
「じゃ、俺こっち行くから秋葉ちゃんはそっちよろしく」
「わかりました」
 返事の前にもう駆け出していた。
 あの怯えた表情。あの雰囲気。
 それは、いつかの自分に被るものがあった。
『死を前にした雰囲気』
 バカな! あの状況でどうやって晶ちゃんが臨死しようっていうんだ。
 クソ!!
 俺はまず校舎から出る。
 一人になりたかったんだろうという漠然とした勘があった。
 寮に戻っていたら厄介だ。その場合は秋葉ちゃんに任せよう。
 とりあえず俺は中庭に向かう。
 距離的にはそこが一番近い、静かであろう場所だったからだ。
「晶ちゃん!!」
 誰もいない中庭で、ベンチでなき崩れている彼女がいた。
「晶―――ちゃん」
 一体、何があったっていうのだろう。
 いつも笑顔で、いつも明るくて。
 そんな彼女をこれほどまでに変動させうるものが、あの空間にあったとでもいうんだろうか?
「い、乾さん」
 涙でくしゃくしゃになった顔。
 何かに絶望するような顔。
 あの時、俺もこんな顔をしていたんだろうか。
「どうしたんだい、晶ちゃん」
 できるだけ優しくそう声をかけて、俺は晶ちゃんの横に座る。
「わ、私……、私!!」
 言葉になっていない。
 こういうのをなんとかするのは、きっと遠野のほうが上手いだろうな……。
 あいつならここでどうするか。
 そう考えると、案外行動しやすかった。
「とりあえず、何があったかは分からないけど泣きたいんだったら泣くといい。邪魔でなければ
ここにいたいんだけど、いいかな?」
「は、はい……」
 俺は自然に晶ちゃんの背を撫でた。
 遠野ならそうする気がした。
 あいつは、女性というものを少し分かっていない。
 けれどそれが逆にあいつの行動を束縛しない。
 こういうときぐらい、そういうのもいいかもしれないなんて思った。
「うっ……、。す、すいません」
 晶ちゃんが顔をあげて俺の顔を見る。
「もう、大丈夫かい?」
「はい。大分落ちつきました。有彦さんのおかげです」
 そういって少し固い笑みを浮かべた。
 それが無理な笑みだとはわかっていても、俺は少し嬉しかった。
「有彦さん、私が未来視というものを持ってるのは、この前遠野先輩からお聞きになりましたよ
ね?」
「ああ。それで晶ちゃんも俺のことを手伝ってくれるだよね。ま、状況が状況だけに人数は少し
でも多い方がいい」
「ええ。もしも私が何かしらの事故を視ればそれを未然に防ぐ。けれど、それでさっき私は……」
 下を向く晶ちゃん。
 少しの間、沈黙が訪れる。
 うちの学校なんかと違って、運動系の部活もまわりにいない。
 本当の、沈黙。
「私は、私の死を視たんです」
 ――――何?
「私の立っている場所が崩れていく。その下に、何故か志貴さんと有彦さんがいました。有彦さ
んは倒れていて、その横にナイフを持った志貴さんが立っている。私はその横へ落ちていくんで
す」
 そんな……。
「あ、有彦さん。私、死んじゃうんでしょうか?」
 言ってから、晶ちゃんの頬をまた涙がつたう。
 自分が死ぬ未来を視る。
 それがどんなことなのか、俺にはわからない。
 けれど、変わりに俺は他人の死を視ることができる。
 晶ちゃんには、まだ死のかけらも視えない。
 ――――だから。
「大丈夫だ!」
 俺は晶ちゃんを抱きしめた。
「あ、有彦さん?」
「その未来は確定したものじゃないんだろ? それなら大丈夫だ。俺がいつでも傍にいる。そう
して君を視ていれば君が危なくなればすぐに分かる。俺の眼はそういう眼だから。君は一度遠野
に助けられたと言った。それなら、今度は俺の番だ」
「ううっ……」
 晶ちゃんが俺の胸に頭を預け、泣く。
「晶ちゃんが落ちるところには俺と遠野がいたんだろう? それなら、絶対に俺が受けとめてや
る。晶ちゃんが例え落ちても、俺が絶対受けとめてやる!」
「有彦、さん……」
 胸で泣く晶ちゃんを見ながら、俺は考えた。
 遠野に、出会うことになる。
 彼女の未来視が確かであるなら。
 しかしお前は何をやっている?
 俺は何をやっている?
 そこで俺はあることに気づいてしまう。
 ――――ナイフを持った遠野の横に俺が倒れている?
 ま、まさか。
 ありえない。
 そう言い聞かせるのに、想像だけは膨らんでしまう。
 守るといったはずの少女に、今度は逆に助けを求めるように俺は強く彼女を抱いた。
 俺も、そんなつもりは全くないのに―――何故か、何故か涙が止まらなかった。

《《『空の月』晶ストーリーより抜粋》》


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