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〜直死の魔眼〜


 男との距離が結構離れていたせいで、追いつくまでに結構かかってしまった。
 ここは大通りとは違う、裏通り。
 男は、結局遠野ではなかった。身長で分かる。あいつの身長はもっと高い。
 そうして黒い影は、俺に気づかないまま一つの廃ビルに入っていく。
 それは、なんと言う偶然だろうか。
 その男が入っていったその廃ビルは、俺が探していた人形師の事務所の聞いていた外見と、全
く同じであったのだから。
 俺は廃ビルの中に入りながら思う。
 どうして俺はこのビルにさっき探したとき気づかなかったんだろう?
 ここも朝から2回は通ったはずだが…。
 そんなことを考えながら階段を上り終えると、そこは事務所であるらしい四階だった。
 俺は、一応ノックをする。

 コンコン

「全く。余計なものを連れてきてくれたな黒桐。そこのお前。私はお前に用がない。新聞も必要
ないからとっとと帰ってくれ」
 聞こえてきたのはけだるそうな、けれどとても良く通る、少し低いアルトの綺麗な声。
 長年の勘だろうか? 俺はそれだけで声の主が美人だと思った。
「失礼します」
 そういって俺は言葉に構わず扉を開けた。
「招いたつもりはないんだがな」
 予想とおり…、その人は飛びきりの美人だった。パリっとした白いシャツに、オレンジ色のネ
クタイが印象的だ。確かに美人ではあるのだが…、その目つきのワルさは表現しがたいレベルの
ものだ。
 変わって俺が追ってきた男は、凄いポーッとしている。遠野と似ていないこともない。黒縁メ
ガネまで一緒だ。けれど、そいつは何故か左眼の部分の前髪だけやたら伸びていて、髪で左眼を
隠していた。
「俺は貴方に用があって来たんです。蒼崎橙子さんですね?」
「私に用はないといっているだろう。とっとと帰ってくれ」
 まるでこっちの話しを聞く気がないかのようにシッシッと手を振る。
「真祖の姫がどこに今いるかご存知ないですか?」
 ようやく少しだけ興味を持ったのだろうか。彼女は初めて俺の眼を見た。
「面白いことを聞くな。そんなことを聞いてどうするつもりだ?」
「真祖の姫とともにある男に用があるんです」
「ああ、あのナイトの話しか。死徒27祖を2体も葬っているな。たいしたものだ」
「知っているんですか!?」
 俺は室内に一歩踏み込む。
「有名な話しだからな。話しだけだ。だから、今どこにいるかなんていうことは知らん」
「そう、ですか…」
「お前はそのナイトとどういった関係なんだ?」
 煙草に火をつけながら彼女は尋ねた。
「ダチ、ですよ」
「なるほど…。いいだろう。少し話を聞いてやる。変わりにお前も私の問いに答えろ」
 言って紫煙を彼女は吐き出した。
「分かりました。俺に答えられることなら答えますよ」
「まず、そのナイトが死にかけたという話しは聞かないか?」
 俺は少し迷った。これは遠野のプライベートに当たる。しかし、これを話したところで、彼女
が遠野と関係ないなら話すことで遠野に不利益があるとは思わなかった。何より、折角話を聞く
気になったという彼女の機嫌を損ねるのは本意ではない。
「そのナイトは遠野志貴っていうんですけどね。ええ。どうやら随分昔、ガキの頃に死にかけた…、
というよりも一度死んでるそうですよ。その時直死の魔眼とかいうのに目覚めたそうです」
 これは、秋葉ちゃんとシエル先輩から聞いた話しだが。
「なるほど…。まあ、直死の魔眼を持っているという話しは聞いていたが…。ところで、そいつ
メガネをしているか?」
「ええ、昔からあれだけははずしたがりませんでしたけど、あれって魔眼殺しだったんですね」
「まあ、そうだろうな……。式でもなければ、あんなものを常時発動してる状況じゃ、1年と待
たずに廃人だ。しかし…、ククク。まさか愚妹が持っていったあれがそんなところにあろうとは
な。時間的に考えても大体あうしな。加えて名前は「シキ」か。一体何の因果だろうな」
 本当に愉快そうにその女性は笑った。
「で、そいつは死にかけてどのくらいの期間で蘇った?」
「一瞬だそうですが…」
 秋葉ちゃんは、遠野に命を分け与えたと言っていた。
「クククククク!! クハハハハハ!」
 声を抑えることもなく橙子という女性は大笑いを始める。
「なるほど…。これほど面白いこともない。そのシキとかいう奴に入ったのは片目分、半分だっ
たということか。いや、ヴァロールの魔眼はもとから片目だから、片目分というのはおかしいか
な、ククク。なるほど、考えてみれば当然だ。睨むだけで人を殺すヴァロールの魔眼なんて代物
を、人間の器で操れるものか」
 堪えられないといったように彼女は一人言を続ける。
「ははぁ。一つ謎が解けたな。何故直死の魔眼は、存在は確認されないのにその話し、伝承だけ
は残っているか。直死の魔眼に完全に目覚めた者は、その力に耐えきれず目覚めてすぐに自分も
死ぬんだ。だからその存在は残らない。しかし、視ただけで起こってしまうその惨劇はその場に
残り、その惨劇を垣間見た者から伝説となったわけだ。なるほど、式にとっては直死の魔眼は副
産物にすぎん。式は本来は「 」と通じるための器だ。しかし、式が生き残れてああいった眼を
持ったのも、前に中途半端に持ってったやつがいるからか」
「と、橙子さん。一体どうしたんですか? 僕には話しが全然見えないんですけど」
 今まで黙っていた男が口を開く。
「これが笑わずにいられるか! 魔術師連中がこの事実を知ったら腰を抜かすぞ! ククク! 
誰も知りえないことを初めて理解するという感覚は悪くない」
 今の話しで、彼女は何かを掴んだらしい。
「いいか、お前。そして黒桐。黒桐、式が直死の魔眼を持っているのは知っているな? お前、
そのシキという奴は直死の魔眼を持ってるといったな。あれはな、別名ヴァロールの魔眼という
んだ。睨むだけで人を殺すという信じられない代物だ」
 睨むだけで殺す? 俺が聞いていたのは物の死が視えるって話しだったと思ったが。
「だが、当然人間の器でそんなものは操りきれん。普通はその魔眼を持った瞬間にその人間は死
んでいたのだろう。だからこそ、直死の魔眼はその存在は伝説として残っても、現れた瞬間に持
ち主が死んでしまうから実際に世界には残らない、知覚されなかった。だが、そのシキという少
年において例外が起った。式は2年間死の世界に漬かっていただろう? 恐らくはそういった状
況でヴァロールの魔眼は初めて完全に発動するものなのだ。その新しい持ち主になじむ、と言い
換えてもいいか。しかし、そのシキという少年は死んだ瞬間に生き返った。だから、ヴァロール
に触れただけで現世に戻ってきたんだ。完全な形でなく、不完全な形でヴァロールの魔眼に覚醒
してね。だから、存在が生まれでた時から内包している死をみるに「留まった」んだろう。その
内包している死を、睨むことによって発動させることはできなかった。もっとも中途半端であっ
たおかげで彼は生きているんだろうが。ヴァロールの魔眼とはこの世に一つしかありえない。そ
の一部は、既にシキという少年が持っていた。だから、式は2年間死の中にいても、完全にヴァ
ロールの魔眼に覚醒することはなかった。つまり、二人の人間が一つの魔眼を今分け合っている
状況なんだろうな。感謝したほうがいいぞ、黒桐。式が今なお生きているのは、そのシキという
少年のおかげに他ならない。いくら式の体が特別性でも、ヴァロールの魔眼なんていうバケモノ
な代物にはとても耐えられなかっただろうからな。今ならばまた別かもしれないいが、少なくと
もあの時点ではとても無理だったろう」
 ククク、と橙子という人形師は笑った。
「つまり二人いるから生きているってわけですか? その遠野シキっていう人と式の二人が、一
人では扱い切れない代物を半分づつ分担しているからなんとか持っていると」
 コクトウと呼ばれた男がそういって、俺は大分内容を理解した。
「正確には半分というわけでもないし、今の状態でどちらかが死んだとしても、もう一人に影響
を与えることはないだろうがね」
 言って彼女は満足そうな笑みを浮かべて眼鏡をかけた。


《《『空の月』メインストーリーより抜粋》》


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